ユニクロと水着

ワインの歴史、ヨーロッパ編

ワインの歴史は非常に古く、メソポタミアの先住民であるシュメール人が残したものと思われる、紀元前6000年頃のロール・シール(ワインの壷などの口を粘土で塞ぎ、その上に刻印をする丸い大理石などの棒)が発見されています。以下、それ以降の歴史を見ていきましょう。

紀元前4000〜5000年頃の出来事を記録している古代バビロニアの「ギルガメッシュ叙事詩」には、ワインの記述があります。

紀元前3100〜1500年に栄えたエジプト王朝のピラミッドの中の壁画にブドウ栽培やワイン醸造の絵が描かれており、紀元前1700年頃の「ハンムラビ法典」にはワイン取引の記述があります。

紀元前1500年頃、クレタ島などエーゲ海の諸島に広がり、紀元前1000年頃はギリシア本土へ、そしてローマへと広がって行きました。ローマ帝国の拡張と共にワインはヨーロッパ全体に広まります。

紀元前600年頃には、フェニキヤ人によって南フランスのマルセイユにも伝えられ、その後、勢力を強めてきたローマ人によって、ヨーロッパ全体に広がりました。

52年頃に、ローマ軍のジュリアス・シザースが現在のフランスを征服。コート・デュ・ローヌ、ブルゴーニュ、シャンパーニュ、ヴァル・ド・ロワールはシーザーによって、ボルドー地方、南西地方はマルクス・ルキニウス・クラッススによって、ワイン造りが広められました。

10世紀〜11世紀になると、ワインの中心的な担い手は修道院の僧侶に移っていきました。キリスト教ではワインがミサに欠かせないこともあって、各地の僧院では盛んにブドウ畑が開墾され栽培や醸造技術なども研究されたようです。さまざまなワイン作りの試行錯誤の中からシャンパンやフレーバードワインなどが誕生しました。

17世紀末〜18世紀、娯楽としての飲酒が広まりました。この時期に現在のようにワインを瓶に詰め、コルクで栓をするスタイルが考えれられるようになりました。その結果、瓶内熟成による品質や美味しさの向上、保存、運搬などの技術の向上とともにワインの生産と流通が飛躍的に拡大し、現在に至っています。

以上、ヨーロッパにおけるワインの歴史をざっと見てきましたが、ワインは数千年という長い歴史を持ち、私たち人間には欠かせない飲み物だったようですね。

ユニクロと水着


ユニクロは2004年に水着の販売を開始しました。
水着の種類は男性用、女性用、子ども用、競泳用などが揃えられました。素材は最大手メーカーの生地を使い、価格はカジュアルブランドにふさわしい1000円から2990円という低価格で設定されており、一般的に女性用水着は6000円?12000円前後が相場だと考えると、ユニクロの水着は破格だと言えます。
ユニクロの水着開発の主眼と考えられる30代ファミリー層は、比較的実用、定番志向が強い傾向があります。そのため水玉模様やボーダー柄などオーソドックスなデザインで統一し、また母親の女性用と子ども用がお揃いで購入することができるような配慮もみられます。
30代ファミリー層では子ども連れで公営施設や学校のプールなどで水着を着用する機会が多いものです。そういった場所では派手な水着や奇抜のデザインの水着は不向きで、シンプルでベーシックなデザイン、そして体系をカバーできるものが好まれます。
そこで2着目、3着目の購入に低価格でオーソドックスなデザインのユニクロ水着の購入が期待されます。
ユニクロが水着を開発するきっかけとなったのは「もっとカジュアルに水着を楽しみたい」という顧客の要望でした。
しかし一方で、2005年には男児水着の不具合により負傷事故が起き、商品を回収するという事態が発生しています。
ユニクロは水着を始め、新しい市場に参入する中で、これまで以上に商品の品質向上に取りくみ、安全な衣料生活を提供することが求められています。

もんじゃ焼きの歴史

もんじゃ焼きは、結構歴史のある料理です。現在ではお好み焼きのほうが有名なので、もんじゃ焼きはお好み焼きのパクリのように考えている方も多いようですが、実はもんじゃ焼きのほうが歴史は長く、お好み焼きはもんじゃ焼きから派生した料理なんですよ。

もんじゃ焼きの歴史についてもう少し詳しく説明すると――その明確な起源は「麩の焼き(ふのやき)」という菓子にまでさかのぼると言われています。これは小麦粉の薄い皮に味噌や砂糖を塗って巻いたもので、茶会の茶菓子として千利休が好んで作らせていたことでも有名です。

この麩の焼き、江戸時代末期になると、味噌のかわりに餡(あん)を巻く「助惣焼(すけそうやき)」なるものが登場します。さらに明治になると、東京を中心とした地域で「もんじゃ焼き」が生まれました。以上がもんじゃ焼きの歴史の概要です。

以下のサイトはたこ焼きの起源についての表ですが、ここでもんじゃ焼きの歴史もわかります。

たこ焼き進化論

http://www.citydo.com/tako/columnx.html

お好み焼きだけでなく、たこ焼きも、もんじゃ焼きから派生したものなんですよ。

ラッキーを呼ぶ色のおまじない

「ラッキーを呼ぶ色」「自分を守ってくれる色」「先祖から与えられている色」というものが、人間にはあると言われている。これはおまじないの一種であろう。しかしこの場合、その色は占い師や霊能者でないとわからないのだと言う。

ラッキーを呼ぶ色は、一般的にラッキーカラーと呼ばれており、テレビの占いなどで、毎日情報を伝えている。おまじない好きな人は、チェックしているのではないだろうか。

しかし残念ながら、このおまじない、ラッキーを呼ぶ色は、占いや風水によって診断が違うので、どれを信じていいのか迷うところである。自分が一番信じている占い師の診断結果を参考にするといいだろう。

通常はこの手のおまじないでは、ラッキーを呼ぶ色は星座や生年月日から知ることができ、細かく診断する場合は、生まれた時間なども必要になってくる。

ラッキーを呼ぶ色をうまく利用して、日々のファッションポイントなどに入れると運気が上昇するかもしれない。

ホイアンの夜祭り

ホイアンは、ベトナムの中部クアンアム省ダナン南方30kmにある古い港町です。中国人街を中心に古い建築物が残り、1999年、「ホイアンの古い町並み」として、ユネスコの世界文化遺産に登録されました。
★登録基準2、5基準2:ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。 基準5:特に不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている、ある文化(または複数の文化)を代表する伝統的集落または土地利用の際立った例。★主な、建築物:●来遠橋(日本橋)・・・屋根付きの中国風だが、1593年に日本人が建設したと伝えられます。 ●福建会館・・・1773年に建設された華人の会館。 ●広肇会館(広東会館)・・・1786年に創建された広東系中国人の会館。 ●海南会館 ●潮州会館 ●クアンコン寺(関帝廟) ●クアンタンの家(チャンフー通り77番の家)・・・約380年前に建てられた中国家屋。 ●タンキーの家 ●フーンフンの家
ベトナムのホイアンでは、毎月満月の夜に夜祭が行われます。西日が落ちる頃に街角につるされた提灯には、明かりがともされ、メインストリート全体が柔らかなOCD連に色の光に包まれます。道端には楽しそうな子どもたちの声や将棋や碁をうつ老人たちの姿を見ることができます。ホイアンの夜祭は、長年にわたりこの町で受け継がれてきたものです。しかし、ユネスコに登録されたことで、この古い町並みで提灯にろうそくをともすことには火災を危惧する声もあります。登録は重要なことですが、それにより町の人たちの伝統的な生活文化が失われることになったら・・・登録の意味をもう一度考え直す必要があるのかもしれません。